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モーターサイクルAGV

AGVヘルメットが救った命――ミラノでの事故と、一瞬の選択

公開日:2026年5月31日
執筆者:ダイネーゼAGVジャパン編集部

記事 : ロレンツォ・クルトレラ

ミラノ、2024年12月4日。午後7時15分。寒い。でも、家にいるほどではない、そんな冷え込みの日でした。

運命を分けた夜

の日は、約束がありました。
平日の夜、映画館で女の子と会う約束です。

ガレージへ降りると、そこにはバイクがありました。
棚の上には、ヘルメットが二つ並んでいます。

ひとつは僕のもの。Venomのグラフィックが描かれた、スポーティーなヘルメット。
もうひとつは、父のAGVでした。Borgo Panigaleの会社によるエアブラシ塗装が施された、赤・白・黒のヘルメットです。僕のものより快適で、静かで、そして長く使い込まれていました。

深く考えることもなく、僕は父のヘルメットを手に取りました。
そのままかぶり、バイクにまたがって出発しました。

道は、よく知っています。
チェントラーレ、ギゾルファ、フィレンツェ広場。街はいつもと変わらず、淡々と流れていきました。信号さえも、まるで僕を通すために、ゆっくりと色を変えているように感じられます。

ヘルメットの内側には、自分の吐息の熱がこもっていました。
ハンドルを握る手には、金属の硬い感触が伝わってきます。

急いでいたわけではありません。
ただ、走っていただけでした。

どこか宙に浮いているような時間。
まだ、何ひとつ痛みを知らない瞬間でした。

事故の瞬間

ガッララーテ通りに差しかかりました。
どこにでもあるような道。ありふれた交差点。そこに、特別なものは何もありませんでした。

そのとき、黒い車が現れました。
僕の進路を横切るように、突然、目の前へ入り込んできたのです。

とっさにハンドルを切りました。
ぶつからないように、ただ反射的に避けようとしました。

けれど、バイクはグリップを失いました。
タイヤが路面を離れ、車体は制御を失ったまま歩道へ乗り上げます。

そして次の瞬間、僕はバイクごと、閉店中の店のショーウィンドウへ突っ込んでいました。

推測される状況

僕の身体は、バイクから投げ出されました。
けれど、店の中まで飛び込むことはありませんでした。ショーウィンドウの手前で、僕は止まりました。

そこから先は、闇でした。
時間が、事故の前と後で、真っ二つに裂けてしまったようでした。

発見されたとき、僕の鼻は折れ、肋骨も骨折していました。
息をすることさえ、まともにできなかったそうです。

ヘルメットは耐えました。
衝撃を受けても、僕の頭を守り続けました。

耐えられなかったのは、僕の身体のほうでした。

次に目を開けたとき、目に映るものはすべて白でした。
白い壁。白い光。プラスチックの部品。並べられた機械。そして、一定の間隔で響き続ける、規則正しい電子音。

そこが病院だと理解するまでに、少し時間がかかりました。

生還と回復の軌跡

僕が昏睡状態にあったのは、1か月半以上でした。
僕自身の意識がないあいだも、身体は生きるために闘い続けていたのです。

目を覚ましたからといって、すぐにすべてが戻ってきたわけではありませんでした。
自分がまだ生きているのだと実感できるようになるまでには、そこからさらに数日かかりました。

やがて、声が出ました。
自分の喉から聞こえたのは、まるでロボットのささやきのような、かすれた声でした。

最初に口にした言葉は、
「ここはどこ?」でした。

その瞬間、僕には本当に何もわかっていませんでした。
自分がどこにいるのか。
何が起きたのか。
そして、自分がいったい何になってしまったのか。

ヘルメットの重要性

ヘルメットのことは、あとになって外科医がはっきりと教えてくれました。
「もし別のヘルメットをかぶっていたら、即死していたでしょう」と。

その言葉の意味を、僕は理解しました。
胸の奥で。
そして、あの日のことを思い出すたびに震える手で。

あの日、僕がかぶっていたのは、スポーツヘルメットではありませんでした。
スポーツツーリングヘルメットでした。
けれど、あの夜に限っては、それが正しい選択だったのです。

父のAGV。
赤、白、黒。
僕のバイクと同じ会社、Rossaによるエアブラシ塗装が施されたヘルメット。

どこか柔らかく、それでいて反骨的な雰囲気を持っていました。
そして、僕よりもずっと強かった。

衝撃も、運命も、転倒がもたらした最悪の瞬間も、あのヘルメットは受け止めてくれました。

一方で、Venomが描かれた僕のヘルメットは、あの日も棚の上に置かれたままでした。
スポーティーで、美しいヘルメット。
けれど、あの夜の僕を守ったのは、それではありませんでした。

僕は、ゆっくりと戻ってきました。
闇から光へ。
静止から呼吸へ。
無意識から思考へ。

歩くこと。話すこと。思い出すこと。
それまで当たり前だったはずの動作が、ひとつずつ、あらためて身につけていくものに変わりました。

失った時間を取り戻すように、僕は少しずつ前へ進みました。
けれど、その日々は決して穏やかなものではありませんでした。身体も心も引き裂かれるような、長い時間でした。

父は、病院の外に停めた車の中で眠っていました。
母は、僕が握り返すことのできないあいだも、ずっと僕の手を握り続けてくれました。

僕は、何か英雄的なことをしたわけではありません。
ただ、もう一度立ち上がったのです。

 

父のAGVの想い

けれど今は、あの日、父のヘルメットが僕のために選ばれたのだと思っています。

それは、暗闇から僕を守る壁になりました。
父から受け継いだ静かな遺産のように、僕を包み、守ってくれました。

今、あのヘルメットを見るたびに胸に湧き上がるのは、懐かしさではありません。
もっと深い、敬意のような感情です。

あの夜、ミラノで僕を救ったのは、華麗なライディングでも、とっさの判断でもありませんでした。
取るに足らないように思えた、ひとつの選択。
棚の上に並んだ二つのヘルメットから、父のAGVを手に取ったこと。

それが、すべてでした。

ミラノ。
2024年12月4日、午後7時15分。

僕はエンジンをかけ、ガレージを出ました。

本来なら、選ばなかったかもしれないヘルメットが、僕の命を救いました。
いつものように自分のヘルメットを手にしていたら、僕はもう、ここにはいなかったのかもしれません。

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ダイネーゼAGVジャパン編集部

ダイネーゼAGVジャパン編集部は、イタリア発のモーターサイクルウェアブランド「Dainese(ダイネーゼ)」およびヘルメットブランド「AGV(エージーブイ)」の日本正規輸入元として、製品情報・アスリートのインタビュー・ブランドの今を発信する編集チーム。 ビギナーからエキスパートまで、ライダーの安全性を最優先にした情報提供を行っています。

2026年5月31日公開
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